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岡山地方裁判所 昭和41年(ヨ)151号 判決 1968年3月27日

申請人 秋田茂子

被申請人 財団法人倉敷中央病院

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することをかりに定める。

被申請人は申請人に対し、昭和四一年五月から本案判決確定に至るまで、毎月二一日限り、金二万円をかりに支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(申請人の申立)

「被申請人は申請人に対し、昭和四一年五月一二日以降一カ月金二万五二〇〇円の割合による金員を、毎月二一日限り、かりに支払え。」とのほか、主文一項および四項と同旨の判決

(被申請人の申立)

「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決

第二、申請人の主張

(申請の理由)

一、被申請人(以下病院ともいう)は従業員約三五〇名を擁する総合病院である。申請人は昭和三六年四月病院付属高等看護学院に入学、同三九年三月同学院卒業、同年四月看護婦国家試験に合格し、直ちに病院に看護婦として雇われ、それ以来看護業務に従事し、毎月二一日の支払日に月額二万五二〇〇円(同四一年五月現在)の賃金の支払を受けていた。

二、病院は同四一年五月一二日申請人に対し、申請人が先に同月六日指示された食養部への配置転換の業務命令に従わなかつたとして、病院就業規則第九三条第五号および第一二号にてらし懲戒解雇する旨の意思表示をし、以後申請人の就労を拒否し、賃金の支払をしない。

三、しかしながら、右解雇の意思表示は、次の理由により無効であつて、申請人はなお病院の従業員たる地位を有し、賃金の支払を受ける権利を有する。

(一)、配置転換命令(配転命令ともいう)は労働契約に違反し無効である。

特定の技能と経験が特定の職種との関係で労働契約の内容となつている場合には、明示若しくは黙示の同意がない以上、使用者の一方的事情、都合による労働契約の内容に変更を及ぼすような配置転換は労働契約に違反し無効である。申請人は看護婦という特殊技能者として、看護業務に従事するものとして採用され、解雇されるまで、一貫して、看護業務に従事してきた。従つて、申請人が労働契約上負担する労務提供義務の範囲は、看護業務に限られる。配転先である食養部は事務課に属し、入院患者に供する食事の調理をする職場であり、その職務が看護業務と職種を異にすることは明らかである。食養部で申請人の従事すべく予定された職務が食事箋の整理および患者の食事摂取状態の調査であつて、かりに看護婦としての知識経験を生かしうるものであるとしても、予定された職務が看護業務でないことに少しも変りない。申請人の同意なくして、労働契約に定められた労務の種類を変更する配転命令は、労働契約に違反し効力を生じない。

(二)、配置転換命令は権利の濫用で無効である。

職種の変更を伴う配置転換には、強い必要性と合理性の存在が要求される。本件配転は従来どおり看護業務に従事したいとの申請人の意思を全く無視してなされたにもかかわらず、これらの要件を全く欠いている。病院は申請人がアンケートに目まい、立ちくらみの症状があると記載したことをとらえ、しかも、右命令当時はそのような症状はないと申出ているのに、一般的に尿と血液の生化学検査をしたのみで、目まい、立ちくらみの症状につき、常識とされる検査や医師の診察すら経ないで、一方的に、体質的なものときめつけ、看護婦としての勤務に支障があると称して配置転換を強行した。病院は本件配転は申請人の健康管理のための暫定的措置であつて、一定期間観察をし異常なければ原職に復帰させる趣旨のものであると主張するが、申請人はそれまでに後記(三)のように、執拗すぎるほど任意退職を勧告されていて、命令当時病院のいうような好意的な説得や配慮を病院側から示されたことは全くなく、配置転換の真の意図は、申請人を病院から排除するきつかけをつくることにあつた。このように、必要性と合理性を欠く配転命令は、まさに権利の濫用に該当し、効力を生じないものである。

(三)、配置転換命令は申請人の思想信条を理由として、ことさらに、差別的取扱をしたものであり、憲法第一四条第一九条労働基準法第三条の精神にてらし、民法第九〇条の規定により効力を有しない。

病院のかような差別的取扱の意思は、次の事実からうかがうことができる。申請人は付属高等看護学院在学中の同三七年頃から、日本民主青年同盟(民青ともいう)、日中友好協会、うたごえ合唱団などいわゆる民主的団体の考え方に共鳴し、そのような団体の主催する集会、学習会などに進んで参加し、同僚や学院生にも参加を呼びかけてきたが、病院は申請人のかような行動を特殊の思想信条にもとづくものとしていたく嫌悪し、絶えず監視し干渉をしてきた。たとえば、申請人が同四一年一月三一日同僚とある集会に参加したところ、病院の遠藤総婦長は、翌二月一日早速夜勤を終え就寝中の申請人に対し「昨日民青の集会に行つたでしよう。集会に参加した人はあなたに誘われたといつている。自分も病院からいろいろ注意をうけているが、あなたもうちの病院では活動しにくいでしようから他の病院にかわつたらどうですか。あなたのような人は病院に居てもらいたくない。」など申し向けたほか、参加者を次々に呼びつけ「そのような集会に参加してはいけない、誰に誘われて行つたか。」など問いただし、また同三九年一二月頃人を通じ申請人の実姉に対し「妹が特殊の組織に入つていて解雇されるおそれがあるから、再就職のことを考え、任意退職して他にかわつた方が有利である。」旨申し向け、申請人の自発的退職を働きかけたことなどはその一例である。

(四)、配置転換命令は申請人が岡山県医療単一労働組合の組合員であること、および労働組合の正当な組合活動をしたことを理由になされた不利益取扱で、不当労働行為にあたるから無効である。

申請人は同四一年一〇月右組合の結成が準備されるやこれに積極的に参加し、結成準備活動を行い、同年一一月組合結成と同時に組合員となり、病院内でも組合加入を勧誘し組合の拡大に積極的に協力した。病院は申請人の加入および活動の事実を察知し、これを嫌悪し、放置するときは病院内に組合員の増加することをおそれ、中心的存在である申請人の排除を目ざし、手始めに本件配転を命じたものである。病院は申請人が組合員であることを知らなかつたと主張するが、申請人らが組合の会合に使用する場所に事務長が先廻りしていたこと、事務次長が申請人を組合員であると指摘したことから見ても、これを知つていたことは明らかである。また看護助手が準看護生徒の低賃金反対の旨を紙切れに落書しただけで全看護助手を何度も呼びつけて書き主を追求し、保護者まで呼んで対処しているくらいであるから、その異常さからみても、いかに病院が組合を嫌悪し、組合員の増加を警戒していたことを察するに余りがある。

(五)、以上のように、本件配転命令は無効であり、申請人は命令に応じその職場で働く義務があるとはいえないから、命令に従わなかつたことは就業規則第九三条第五号、第一二号にあたらず、これを理由とする本件解雇は解雇権の濫用であり、その効力を有しない。

四、申請人は賃金のみで生活を維持する者であるから、雇傭関係存在確認ならびに賃金請求の本案判決の確定をまつていては、生活が破壊され、回復困難な損害を受けるおそれがある。

(被申請人主張配転および解雇の経過の事実に対する認否)

(一)、申請人がアンケートに病院主張のような記載をしたこと尿および血液の検査を受けたこと、申請人が病院主張のように結婚し通勤する旨申出たこと、配転命令を拒否し、申請人名義のビラを配付したことは認め、その余は否認する。

(二)、申請人は同四一年四月一二日磯田副総婦長に結婚し通勤したい旨届出たところ、翌一三日から一六日まで三日間連日長時間にわたり、鷹取病院事務長から「アンケートに目まい、立ちくらみ等の症状を訴えているが検査の結果では異常なく、医師は体質的なものだろうといつている。結婚して通勤すればさらに負担が重くなるが、医学的に異常のない者を特別優遇するわけにゆかない。あなたはうちの病院に向かないからこの際個人病院にかわつたらどうか。退職手続はすぐにでもできる。」など執拗かつ強引な退職の勧告を受けた。同年五月二日結婚休暇を終え出勤するや、早速同事務長から回答を求められ、申請人が引続き病院に勤めたい旨答えたところ、同月六日午前同事務長に呼ばれ全く突然に「どうしても病院に居たいということだから、事務命令によつて配置転換を命ずる。昼から事務員として働いてもらうからすぐに私服に着替えて来なさい。」と申し渡され、しかも、同月九日になつて始めて食養部が配転先であることを告げられた。そのうえ、配置換えを決めるにあたり、看護課の責任者である総婦長、婦長において、申請人の意向を確かめ婦長会議で検討することもせず、また申請人の勤務する病棟の担当医師、主任看護婦の意思を求めることも一切されていない有様で、事務処理の面からいつても異常というほかなく、すべて申請人を病院から排除する目的でしくまれたものである。

よつて病院に対し、申請人の従業員たる地位を保全し、解雇された同四一年五月一二日以降前記賃金の支払を命ずる仮処分を求める。

第三、被申請人の主張

(申請理由についての事実の認否)

一、申請理由一および二の事実はすべて認める。

病院と申請人との雇傭関係は右解雇の意思表示により終了した。

二、申請理由三の解雇の意思表示が無効であるとの主張事実は争う。

(配置転換および解雇に至る経過)

一、申請人は病院が従業員の健康管理の資料とする目的で、同四一年二月実施した健康アンケートに対し、全身倦怠強度、食思不振中等度、立ちくらみ中等度、めまい軽度、頭重感軽度、胃部不快感中等度(夜間のとき特に悪い)嘔気軽度、その他下肢膝関節痛(夜間よく感じる)旨回答した。病院はアンケートの結果について、申請人はじめ自覚症状を訴えている者一〇名について、尿および血液の生化学的検査を実施したが、いずれも特段の異常は認められなかつた。

二、たまたま、同年四月一二日申請人より磯田副総婦長を経て、同月二四日結婚し、結婚後は寄宿舎を出て都窪郡茶屋町より通勤する旨届出がなされた。鷹取事務長はアンケートと検査の結果に鑑み、申請人の結婚後の勤務について健康管理上、三宅内科医長に意見を求めたところ、検査の結果に異常がない点より見れば、申請人の訴えている目まい、立ちくらみの症状は、体質的なものかあるいは勤務の過重によるものと考えられるから、しばらく軽い勤務にかえ観察することが望ましいということであつた。翌一三日同事務長は申請人を呼び、アンケートの記載についてただしたがまちがいないということであつたので、医師の意見を伝え、結婚後生活の急変により精神的肉体的負担が加重され、家事や通勤による過労も当然予想されるから、病院としても症状観察の措置が必要であること、若し被申請人のような大きな病院に勤めることに健康上の確信が持てないようであれば、通勤に便利な比較的小規模な病院にかわることも健康上一つの方法ではないかということを話した。翌一四日にも同趣旨の話をしたが、申請人は病院をかわる意思はない、結婚後のことはその時になつて話し合うというのでこの話を打ち切つた。病院としては、申請人の健康を愁いて話したまでで、退職を強要した事実はない。

三、一方同月一三日および一六日婦長会議を開き、申請人の勤務について協議したところ、医師の意見もあり、また勤務中目まい立ちくらみなど起し患者に対し不測の事態を招くことがあつてはならないとして、申請人を他の軽い勤務につけることが必要ということになり、配転先を検討したが適当な部署が見つからなかつたのでさらに事務長と話し合つた結果、申請人が生活環境に慣れるまで暫定的に、給与は看護婦のまま、夜勤のない食養部特調係へ配置換えし、健康状態を観察することに決つた。

四、よつて、同事務長は同年五月六日結婚休暇を終えて出勤していた申請人に対し、右配置転換を命じ、あくまで観察のための暫定的措置であり、観察の結果異常ないことがわかれば、看護婦の業務に復帰できる旨伝えたが、申請人はこれに応じようとしなかつた。同事務長はさらに同月九日および一一日の両日重ねて命じられた職場で働くよう種々説得したが、申請人は配置換えの趣旨をことさらに曲解しこれに従わないばかりか、申請人名義のビラを配付し配転拒否の態度を明らかにした。

五、病院は申請人が正当な配置転換の命令を理由なく拒否したことは、就業規則第九三条第五号に定める「職務上の指揮命令に従わず職場の秩序をみだしたとき」同条第一二号において引用する「正当の理由なく上長の指示に服しないとき」に該当し、情状重い場合であると判断し、懲戒解雇におよんだ。

(解雇の意思表示についての被申請人の主張)

一、申請理由三の(一)、(二)について

本件配置転換は下記のとおり業務上の必要と合理的理由があり、労働契約違反でも権利の濫用でもない。

(1) 上記のように、生活環境の急変に際し、心身の異常を訴えている申請人の健康管理と患者に対する不測の事故を防止するため、軽度の業務に就かせ、症状を観察し快復をはかる目的に出た暫定的措置であり、労働基準法第五二条第四項の規定によつて病院としては当然の義務でもある。

(2) 食養部特調係は事務課に所属するけれども、栄養士の補助として、糖尿病腎臓病その他特殊疾病者の食飼療法のための特別食の摂取状況の調査、調理の指導にあたるもので、看護婦としての知識経験を必要としかつ生かしうる職場である。

(3) 就業規則第六条の「院長は業務の都合その他必要あるときは職種若しくは職場の変更を命ずることがある」旨の規定にてらしても、本件配置転換に違法不当の点はない。

二、申請理由三の(三)について

申請人がいかなる思想信条を有しているか主張自体明らかでなく、まして、病院関係者がこの点について適確な意識を有していたわけはない。遠藤総婦長は付属高等看護学院の教務主任として、寄宿生徒を指導監督する立場上、未だ一人前でない生徒の勉学の妨げとなることを愁い、むやみに集会に誘わないよう申請人に注意したまでである。若し同婦長らに申請人の思想信条を意識し嫌悪する意図があつたとすれば、申請人を学生に対し強い影響力をもつ立場にある学生指導係に任命しなかつたはずである。

三、申請理由三の(四)について

申請人はじめ組合関係者は、病院側に気付かれないようにつとめて行動していたというのであるから、申請人が組合結成に参画し、組合加入を勧誘していたことを、病院側において知らなかつたのは当然である。従つて、配置転換が不当労働行為にあたるとの申請人の主張は失当である。

四、よつて、配置転換命令の無効を前提とし、解雇の意思表示もまた無効であるとする申請人の主張は理由がないこと明らかであり、本件仮処分申請は被保全権利が存在しないから却下を免れない。

第四、疎明<省略>

理由

一、申請理由一、二の事実は当事者間に争いがない。

二、申請人は配置転換を命ぜられた職場での労務が労働契約により定められた労務と種類を異にするから、右命令に従う義務がないと主張するので判断する。

申請人が付属高等看護学院を卒業し、国家試験に合格し、直ちに病院に看護婦として雇われ、看護業務に従事してきたことは当事者間に争いがない。証人今福一雄の証言によれば、病院の従業員の職種は医療職と事務職とあり、医療職は医師、薬剤師およびレントゲン技師等の技術職、看護婦の三つに分けられていることが認められ、成立に争いのない乙第一号証によれば、病院の就業規則には院長は業務の都合その他必要あるときは職種若しくは職階の変更を命ずることができる旨定められていることが一応認められ反対の証拠はない。従つて、看護業務に従事することを内容とする労働契約が結ばれていたとしても、本人の同意のない限り看護業務と異る労務に一切配置換えすることが許されないとまでいうことはできない。しかし、国家試験を経て一定の資格を有するものとして雇傭した者を、その資格を必要としない職務に従事させることは通常行われないことであり、ことに看護婦は特殊の技能と経験を必要とする伝統的職業であつて、意思に反して制服をぬがされ他の労務に換えられることはよほどのことがない限り耐えられないことであろうから、看護婦としての誇りを犠牲にしてもやむをえないと考えられる程度の業務上の必要ないしは合理的理由があるときに限り、例外的に事務職に配置換えを命ずることができると解すべきである。

三、よつて、配置転換命令は必要性若しくは合理性を欠き無効であるとの主張について判断する。

申請人が同四一年二月頃病院の行つた健康アンケートに対し、被申請人主張のような自覚症状を記載して提出したこと、申請人はじめ自覚症状の多かつた一〇名位について尿および血液の生化学検査が行われたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九号証、乙第二、三号証、第四号証の一、二、申請人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三号証、証人岡本頼子、同大月譲、同三宅康夫の各証言、申請人本人尋問の結果を合せ考えると、配転命令がなされた経過に関し、次の事実を一応認めることができる。

(1)  アンケートは病院勤務の看護婦高瀬定子が若くして胃癌で死亡し、しかも発見されたときは手術もできない手遅れの状態であつたことから、従業員に対する病院の健康管理に院内から批判の声が出たこともあつて、森上医師、遠藤総婦長らの発議で実施された。申請人は当時混合病棟で病院中でも最も忙しい職場であつた九病棟一階に勤務し、看護婦の手不足から夜勤が続き疲労が重つていたので、実質的な健康診断をしてほしいことや、手不足で皆むりをしているので増員を考えてほしいとの希望をも併せてありのまま回答した。

(2)  尿検査は腎疾患、血液の生化学検査は肝疾患等の有無の検査を主目的として行われ、前者は同年三月二二日、後者は同年四月八日頃結果が判明した。

(3)  申請人はかねて同年四月二四日結婚式を挙げることになつていたので、同月一二日看護課磯田副総婦長に対し、口頭で、その旨および結婚後寄宿舎を出て茶屋町の自宅より通勤することを申出でた。鷹取事務長は同日磯田からその旨の報告を受けたので、三宅内科医長に前記アンケート回答、尿および血液検査の報告書を示し申請人の勤務について意見を求めた。同医長は検査結果からは疾病と考えられる格別の異常は認められないから、アンケートの自覚症状の原因としては、低血圧等の体質的なものか、あるいは、病棟勤務の過重によるものと考えられるが、少し軽い勤務に換えてみる方がよいとの意見を述べた。

(4)  鷹取事務長は翌一三日早速申請人を呼び、遠藤、磯田正副総婦長同席のうえ、「検査の結果では格別異常はなかつた。三宅医長の意見では、目まい、立ちくらみの症状は体質的なものということであるから、結婚して通勤し、夜勤もするということになれば今以上負担が重くなることは必然であるが、異常の認められない者を特別に扱うことはできない。被申請人のような大きな病院は申請人に向かないからほかの小さな病院とか診療所や個人医院にかわつた方がよくはないか。職業安定所で聞いたところでは看護婦はいつでも就職できるということだ。退職手続はすぐにでもできる。」など申し向けた。その際アンケートの記載について尋ねられたので、申請人は記載したことはまちがいないが、現在は人員もふえ自覚症状はなくなり勤務に支障はないと答えたところ、同事務長は体質的のものだからいつまた起こるかわからないと称して、約三〇分間自発的に他の勤め先にかわるよう勧告した。申請人は翌一四日も午前一一時頃から午後一時過まで、同事務長から前日同様任意退職するよう熱心に勧められたので、理由にならないような理由でやめさせられるのは不当解雇で応じられないと返事したところ、同事務長は興奮して大声を発し、申請人が沈黙していると、何もいうことがないなら退職を認めたことになる、明日にでも退職金、給料を受け取りに来るように申し向けた。さらに、翌一五日午前一〇時二五分頃から午後四時過まで二階会議室に呼ばれ、同事務長から右両日同様繰り返えし任意退職するよう勧められたが申請人が応じなかつたため、結婚式後に再び話し合うということで別れた。

(5)  結婚式を終え出勤していた申請人は、同年五月四日同事務長から早速返事を求められたが、勧告に応じやめる意思がなかつたので引続き病院で働きたいと答えるほかなかつたところ、同月六日に至り、同事務長から今福事務次長、遠藤総婦長ら同席のうえ、どうしても病院に居たいということだから相談の結果規則に従つて業務転換を命ずる、昼から事務課で働いてもらうから今すぐに私服に着かえて来るよう申し渡された。申請人は余りにも突然の申し渡しであつたので、家族と相談するといつて休暇を取つた。同月九日申請人は「看護婦の免許を取つて働いている者を、健康のためと称して、事務に配転することは前例のないむちやなやりかたである。申請人としては看護婦として勤めたいので力をかしてほしい。」旨を記載したビラを病院内に配り、従前の職場で働いていたところ、呼出を受け、今福事務次長から栄養士のもとで食箋の整理をしてもらう旨告げられ、始めて食養部に配置換えされることがわかつた。その後藤原主任栄養士が呼ばれて来て、申請人に対し、「業務命令で申請人を使うことになり、机も用意してある。教務で聞いて来たが配置換えのほんとうの理由がわかつているのか。いろいろやつてるそうだが、あなた方の言葉でいつたら一歩後退二歩前進というところかな。」などと笑いながら真の理由が別にあるかのようなことを告げた。同月一一日さらに同事務長は申請人を栄養士室に同行し、配置換えに応ずるよう説得したが、申請人はあくまで命令に従うことはできないと拒否したため、同月一二日懲戒解雇の通告がなされるに至つた。

以上のとおり認められる。被申請人は配置転換は申請人の健康管理と患者に対する不測の事故を防止する目的に出た暫定的措置であると主張し、証人鷹取保二郎、同遠藤知子はこれに副う証言をするけれども、右に認定した解雇に至る経過から見て容易に信用できない。すなわち、

(1)  鷹取事務長は申請人が結婚し通勤すると申出た翌日から三日間にわたり、申請人に対し、繰り返えし相当執拗な退職勧告をしているが、右勧告はたまたまアンケートに続く検査結果の判明した頃と一致していたにしても、申請人は主として一般に病院が従業員の健康管理に留意することを希望し、アンケートに自覚症状を記載したのであつて、その後右症状につき医師の診察を受けたり、他の比較的暇な勤務にかわることを望んだようなことはなく、現にその症状のため勤務に支障を生じたことはなかつたのであるから、いかにも、唐突の感を免れず、結婚通勤の申出を幸いに、現在症状がないという申請人に対し、体質的という口実のもとに、突然一方的に持ち出されたと見られること

(2)  勤務を軽減した方がよいとの三宅医師の意見は、アンケート回答と賢臓、肝臓疾患の有無を主目的とした尿および血液検査の報告書のみにより述べられたものであつて、病院の重視する目まい、立ちくらみの症状について通常必要とされる検査はもちろん、医師による問診さえ全くなされていないから、いかに善意に解しても、病院が真実いわゆる子飼いの看護婦である申請人の健康をのみ考えてした配置転換とはとうてい理解できないこと

(3)  遠藤、磯田正副総婦長ら看護課管理者側において、申請人の配置転換につき真剣に検討した形跡がなく、専ら事務長の意向に従つてなされたと見るほかないこと

(4)  食養部特調係は申請人が始めて命ぜられた職務であつて、従来このような人員配置はなく、食養部でその配置を格別望んでいたものでもなく、申請人がことわつた後別に後任者も置かれていないことなどから見て、申請人を配置換えするためにのみ急に事務長により考え出された職場であつて、病院主張のような理由のため設けられたとは考えられないこと

などを考え合せると、病院がその主張するような目的で配置転換を命じたとはとうてい信じられない。

一方証人岡本頼子、同大島優子の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は付属高等看護学院の学生であつた頃から、引続き、民青、日中友好協会、うたごえ合唱団などの考え方に共鳴し、その主催する集会、学習会などに、同僚や学生を誘つて、つとめて参加していたが、遠藤総婦長ら病院関係者は、申請人らの参加を嫌い、常にその行動に留意し、特に申請人が学生に参加を勧めないよう強く注意してきたこと、同四〇年一二月申請人が虫垂炎で病院に入院していたとき、かつて申請人が付属高等看護学院に入学する際口ぞえしたことのある松尾前病院事務次長が、申請人の実姉料治智子を勤務先にたずね、店主のいるところで、「申請人がアカのグループに入つているらしい。病院では来年三月人員整理にかこつけ申請人をやめさせる計画と聞いている。やめさせられると今後の就職にさしつかえるだろうから、今入院しているのを機会に大阪か神戸の病院にかわらせたほうがよくないか。」などと申し入れ、病院が松尾を通じ申請人が自発的に退職するよう身内に働きかけたことが一応認められる。これらの事実によれば、病院は申請人が民青等主催の会合に積極的に参加し、または同僚、学生に参加を呼びかけることを非常に嫌悪していたことを推察することができるから、本件配置転換は、病院が申請人の右のような活動を嫌うあまり、申請人の健康管理を口実に、申請人が応じないであろうと予想される職場で働くことを命じ、若し応じなければ解雇することを意図していたと疑われてもしかたがない。

以上かれこれ考え合せると、本件配置転換は、業務遂行上これを必要とする合理的理由がなく、健康管理に名をかりた配転命令は、結局病院の勝手にすぎ、指示命令権の濫用であるから、その効力を生ずるに由ないというべきである。従つて、申請人は指示された職場で指示された業務に服する義務を有しない。

四、果してそうだとすると、申請人が病院の右命令に従わなかつたのは当然であり、これによつて、職場の規律、秩序をみだしたとすることはできないから、就業規則第九三条第五号、第一二号に該当しないことは明らかである。病院が右規定を適用して、申請人に対してなした懲戒としての解雇の意思表示は、懲戒の理由なくしてなされたもので解雇権の濫用にほかならないから、その効力を生じないというべきであり、申請人は病院に対しなお前記労働契約にもとずく権利を有するものである。

五、そして、病院が申請人を解雇したと称し従業員としての取扱を拒んでいること、申請人が本件解雇当時月額二万五二〇〇円の賃金の支払を受けていたことは当事者に争いがなく、申請人本人尋問の結果によると、申請人は解雇後一時裁判の結果により返還する約束のもとに失業保険金の給付を受けたが、その後は無収入であつて、病気勝ちの夫の月三万円余の収入により、申請人夫婦、長子、夫の祖母の四人家族がかろうじて生活していること、申請人としては子供を祖母に託し、これまでどおり看護婦として働き家計を助ける必要に迫られていることが一応認められる。

六、以上の次第で、保証をたてさせないで、申請人が病院に対し労働契約上の権利を有することをかりに定め、病院より申請人に対し、同四一年五月から本案判決確定に至るまで、毎月二一日限り、その月分の賃金のうち家計を助けるため必要と考えられる二万円をかりに支払うべき旨の仮処分命令を発することを相当と認め、その余の申請は必要ないものと認めこれを却下することとし、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 五十部一夫 金田智行 小長光馨一)

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